「つゆねこ鉱物学10」の入稿

いろいろ面倒なことがあって、
印刷所を変えてみることにした。

歳をとってきたので
委託やバーコード取得も
資金的にも精神的にも
負担になってきたので
もう十分だろうと思う。

もっとシンプルに、
ただ、本を作って
石友に配るだけの
昔の形態に戻そう、
という感じである。

表紙画像をアップロードしておいた。
http://tuyunekoayano.art.coocan.jp

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祖母3度目の圧迫骨折の報

を受け、家人、緊急出動。

非常事態なので、
夕食の準備をする。

人類史上、最初で
最後の高齢化時代。
なかなか全てが
すっきりゆくような解はない。

家人が、「清美」という雑柑類を
去年2箱分収穫し、
熟成させるために保管している、
と仰るのだが、
見ると熟すどころか
あちこちが黒く変色し、
腐る一歩手前である。

仕方がないので、
水気のないものから果汁を絞って
100%清美ゼリーにしておく。
これは、食後に食べるときのもの。

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「つゆねこ鉱物学10」の準備

JAXAの上のJAXAの上のJAXAの上の・・
もう耐えられないっつーの。

「つゆねこ鉱物学10」の準備をしている。
といっても、漫画は全体の5分の3くらいしかない。
残りは分析学だ。

分析学だけで本を作りたかったのだが、
ちょっといろいろと難しいことがあるので
とりあえず。
つゆねこCPUはメモリが少ないのである。

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採集の回数と知識は比例しない

私は社会人になって、
石を始めたためと、
漫画家という、この世界では
特殊な立場であることから
いろいろな方のお話を
伺うことができるのだけど、
採集の回数と知識は
比例しないと感じている。

これは、採集にたくさん
行っている人が駄目だとか
行っていない人の方が優れていると、
短絡的に考えてほしくない。

もちろん、採集に行くのは
楽しいだろうけれども
採集に行けないからと言って、
経験を積めないことはないということである。

それから、こういう時代になったら、
採集した後のことも
少しは考えていてほしい。

たとえば、採集至上主義の方は
目が見えない方、足が不自由な方には
石のことなどわかりっこないと
思っておられるのだろうか?

石人にはあまりにタフな方が多いので
そこは疑問に思う。

たとえば、私は野外経験は少ないけれども
もし、この産地に行くとしたら、
どうやって行くか、
どんなものが採集できるか
どういう産状であるか、
という下調べノートは随分作った。

その中で、行くことができた産地もあるし、
行くことができなかった産地もある。

たとえば、こんな冬の寒い日に、
ノートにいろいろな産地のことを
纏めておく(つまり、予習という事ですね)のは
実際の野外観察と、帰ってからの復習の間を
つないでくれる経験として役に立つ。
自分の言葉に置き換えた後ならば、
何回も見直すことができるからだ。

採集記を書くことよりも、
実はそういうことの方が
大切ではないかと私は思う。

採集記にこれから優れたものが
生まれないとは思わないけれど、
山田滋夫氏、久野武氏のお二人を
超えるものを作るのは、
文化的背景や、表現技術から見ても
なかなか難しいと思う。

もちろん、世代別に書き換えても良い話だから、
誰が挑戦しても良い話なのだが
何もないところに道をつけてきた初代は
やはり偉大だと感じる。

それに、こんな時代になったら
新鉱物や新産鉱物なども見つけなくて良いし
もっと別の方向に道を開くことも
できるのではないかと感じる。

どうしても人の後をついていかないと
落ち着かないというのならば、
それでも良いのだけれど。

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教育という幻想

いろいろな本に書かれているので、
あえて私のようなものが
書く必要もないと思うが
精神疾患を持つ人が
増えてきたのは
わが国の資本主義が
儒教の上に成り立った
拝金主義という偽の
資本主義でしかないためと
その影響による過剰な
合理化のせいである。

時代をさかのぼっても仕方がないが、
少し前の時代ならば、
生きていくことができたような人々が
社会の枠組みから
零れ落ちそうになっている。
(実際に零れ落ちたのは私である)

このような状態は、近代化に伴う
先進国に現れる状態なので、
別に特殊なことではないようだが、
私のように、メディアの情報から
遠ざかっている人間が
時にテレビなどを見ると、
ものすごく奇妙に見える
番組がたくさんある。
(余談だが、テレビは
もう少しチャンネルを
少なくしたらどうだろうか)

まあ、それはそれで良いとして、
毎月頂いている、
久野武氏の新作を
拝見させて頂いていると
東電のみならず、
新潟の水俣病なども
いまだ保護の対象にならずに
苦しんでいる方々が
おられるということである。

そのような状態を知ってか知らずか
若者は現状が苦しいことを
訴えているけれども
これだけの人が
国に保証を求めていたら、
国というのはほとんど
成り立たなくなって
くるのではないかと思うがどうだろうか。

かくいう私は、能力がないので
すでにこの世から無くなっても
良い存在だと認識しているが
多くの人は、そうでない訳だろう。

できるだけ得をし、
どんな形でも自分の家族(職場)だけは
生き残りたいと。

本屋に行っていると
そうとしか思えない本に
たくさん出会うし
実際そういう扱いを
受けることもたびたびだ。
まあ、それが進歩と言うならば
進歩なのだろう。

家族という小さな集合体の中でも
間違いや争いは起こるし、
それが会社のように大きくなれば
一人ではどうにもできないこともあろう。

しかし、どう考えても
バブル時代はもう終わったのだ。

そういう訳なので、
私がもう一度漫画を描き始めるとしたら、
この変化しつつある時代のことを
もっと勉強しなければならないし
精神的な安定が確立されてから
ということになるだろう。

そうでなくても、漫画というのは
結構刷りこみが激しいメディアだと
認識している。
(今では時代遅れなんだろうけれども)
一応その技術を持っているものとして
ただやみくもに量を重ねるのは
私の本意ではない。

誰がどう、今までの作品が
良いと言っても、
私には残された時間も資源も
あまりないのである。

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いろいろな方に楽しく出明るい漫画を

求められているのは
よくわかっているが、
今の状態で漫画を描くと、
ものすごく陰惨なものになると
思うが良いのだろうか。

この、不安定さが
私が職業漫画家に
なれなかった理由である。

どうも組織のようなものに
縛られるのが好きではない
みたいなのだ。
他人事のように言っているが、
同好会なども、途中から
拒絶反応が起きてしまう。
困った人間だ。

人間社会で生きるには
不利な方に過敏なのである。
刺激をたくさん求める方に過敏ならば
使い勝手はあったのだろうが。
そう言われても、私の脳は
私が作った訳ではないから、
どうしようもない。
ささやかに生きさせて頂くか、
いなくなるか、だけである。

皆さんには楽しい連休や正月であろうが
私にとっては、孤独な日々でしかない。
病院にも図書館にも行けないし、
話を聞いてくれるのは
電話相談窓口くらいだろうか?

今日も初詣に行く気力もなく
家人らで行かせ、
ようやく年賀状の返事を書き終えた頃
財布を入れたカバンがない」と言いながら
家人が帰ってきた。

なんのことはない、
椅子の上に置き忘れているのだ。

家人のうっかり癖は、
若い頃に見合い結婚して
子供(私を含む)を産み、
私の病気などで
散々てこずらされて
自分を顧みる暇が
なかったせいだと家人は言う。

子供の気持ちがわからないのは
私も親にそうしてもらっていないからだ
ともいう。

こういう家人を、私が住みやすいように
どう教育したらよいだろうか。

出て行ったらいいことは自明なのだが
何度も試して失敗した結果、
それすらももうできなくなった。

こうしていちいち人に
説明して回っているが、
理解不能だよな。

私だって、どうしてこんなに
社会的に不利な生き物なのか
不思議だもん。

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生傷が絶えない

先日、夜中に目が覚めた折、
シマジロウが「餌をくれ」と近寄ってきたので、
抱き上げたところ、ぼんやりしていたためか、
顎を蹴られ、傷物になってしまった。

椅子に寝転んでいる、クロタンの尻尾を
つまんでいた時も、爪で親指を刺された。

今日は、あまりにやることがないので、
薄片を作っていたところ、
親指が断崖みたいにどんどん削れていく。
一応ビニール手袋をしているのだが、
砥石やスライドガラスの端などで、
どうしても破れてしまう。
が、仕方がないので、そのまま作業。

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最近はめっきり、皆さんの

介護・子育て問題・体調不良に対する
ご質問を請け負っている露猫です。

先ほど、半年分のブログ
閲覧データを見ておりましたら
20代を筆頭として、10代の
読者が多いので、
私のような人生の失敗者に
何を求められているのかと
ちょっと考えてみたりしたんですが
お勧めできる本は個人個人に
違いますので、
なんとも申し上げられません。
その時々によっても違いますしね。

今のマイブームは
上野千鶴子先生と
雨宮処凛さん
です。

皆さんも、手に取って
考えて頂ければ幸いです。

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スーパーの

年末くじ引きに行ったところ、
5回引いて、全て末吉であった。

末吉は、小さなスナック菓子と
交換してもらえるので
家人のおやつとなる。

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ツチノコクロタン

雄猫が二匹いると喧嘩する。

その例に漏れず、
シマジロウとクロタンは、
私の周りで喧嘩ばかりしている。

例えば、炬燵の中とかでも。

仕方がないので、
家人にクロタンをお返しして
(というか、もともと家人のものなので)
世話してもらうことにした。

しかし、ドアをガリガリして
抵抗するクロタン。

数日して廊下に出てくると
ピンポン玉をスカしてしまうほど
運動神経が鈍くなっていた・・。


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