うじゃ

教育という幻想

いろいろな本に書かれているので、
あえて私のようなものが
書く必要もないと思うが
精神疾患を持つ人が
増えてきたのは
わが国の資本主義が
儒教の上に成り立った
拝金主義という偽の
資本主義でしかないためと
その影響による過剰な
合理化のせいである。

時代をさかのぼっても仕方がないが、
少し前の時代ならば、
生きていくことができたような人々が
社会の枠組みから
零れ落ちそうになっている。
(実際に零れ落ちたのは私である)

このような状態は、近代化に伴う
先進国に現れる状態なので、
別に特殊なことではないようだが、
私のように、メディアの情報から
遠ざかっている人間が
時にテレビなどを見ると、
ものすごく奇妙に見える
番組がたくさんある。
(余談だが、テレビは
もう少しチャンネルを
少なくしたらどうだろうか)

まあ、それはそれで良いとして、
毎月頂いている、
久野武氏の新作を
拝見させて頂いていると
東電のみならず、
新潟の水俣病なども
いまだ保護の対象にならずに
苦しんでいる方々が
おられるということである。

そのような状態を知ってか知らずか
若者は現状が苦しいことを
訴えているけれども
これだけの人が
国に保証を求めていたら、
国というのはほとんど
成り立たなくなって
くるのではないかと思うがどうだろうか。

かくいう私は、能力がないので
すでにこの世から無くなっても
良い存在だと認識しているが
多くの人は、そうでない訳だろう。

できるだけ得をし、
どんな形でも自分の家族(職場)だけは
生き残りたいと。

本屋に行っていると
そうとしか思えない本に
たくさん出会うし
実際そういう扱いを
受けることもたびたびだ。
まあ、それが進歩と言うならば
進歩なのだろう。

家族という小さな集合体の中でも
間違いや争いは起こるし、
それが会社のように大きくなれば
一人ではどうにもできないこともあろう。

しかし、どう考えても
バブル時代はもう終わったのだ。

そういう訳なので、
私がもう一度漫画を描き始めるとしたら、
この変化しつつある時代のことを
もっと勉強しなければならないし
精神的な安定が確立されてから
ということになるだろう。

そうでなくても、漫画というのは
結構刷りこみが激しいメディアだと
認識している。
(今では時代遅れなんだろうけれども)
一応その技術を持っているものとして
ただやみくもに量を重ねるのは
私の本意ではない。

誰がどう、今までの作品が
良いと言っても、
私には残された時間も資源も
あまりないのである。

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いろいろな方に楽しく出明るい漫画を

求められているのは
よくわかっているが、
今の状態で漫画を描くと、
ものすごく陰惨なものになると
思うが良いのだろうか。

この、不安定さが
私が職業漫画家に
なれなかった理由である。

どうも組織のようなものに
縛られるのが好きではない
みたいなのだ。
他人事のように言っているが、
同好会なども、途中から
拒絶反応が起きてしまう。
困った人間だ。

人間社会で生きるには
不利な方に過敏なのである。
刺激をたくさん求める方に過敏ならば
使い勝手はあったのだろうが。
そう言われても、私の脳は
私が作った訳ではないから、
どうしようもない。
ささやかに生きさせて頂くか、
いなくなるか、だけである。

皆さんには楽しい連休や正月であろうが
私にとっては、孤独な日々でしかない。
病院にも図書館にも行けないし、
話を聞いてくれるのは
電話相談窓口くらいだろうか?

今日も初詣に行く気力もなく
家人らで行かせ、
ようやく年賀状の返事を書き終えた頃
財布を入れたカバンがない」と言いながら
家人が帰ってきた。

なんのことはない、
椅子の上に置き忘れているのだ。

家人のうっかり癖は、
若い頃に見合い結婚して
子供(私を含む)を産み、
私の病気などで
散々てこずらされて
自分を顧みる暇が
なかったせいだと家人は言う。

子供の気持ちがわからないのは
私も親にそうしてもらっていないからだ
ともいう。

こういう家人を、私が住みやすいように
どう教育したらよいだろうか。

出て行ったらいいことは自明なのだが
何度も試して失敗した結果、
それすらももうできなくなった。

こうしていちいち人に
説明して回っているが、
理解不能だよな。

私だって、どうしてこんなに
社会的に不利な生き物なのか
不思議だもん。

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最近はめっきり、皆さんの

介護・子育て問題・体調不良に対する
ご質問を請け負っている露猫です。

先ほど、半年分のブログ
閲覧データを見ておりましたら
20代を筆頭として、10代の
読者が多いので、
私のような人生の失敗者に
何を求められているのかと
ちょっと考えてみたりしたんですが
お勧めできる本は個人個人に
違いますので、
なんとも申し上げられません。
その時々によっても違いますしね。

今のマイブームは
上野千鶴子先生と
雨宮処凛さん
です。

皆さんも、手に取って
考えて頂ければ幸いです。

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ツチノコクロタン

雄猫が二匹いると喧嘩する。

その例に漏れず、
シマジロウとクロタンは、
私の周りで喧嘩ばかりしている。

例えば、炬燵の中とかでも。

仕方がないので、
家人にクロタンをお返しして
(というか、もともと家人のものなので)
世話してもらうことにした。

しかし、ドアをガリガリして
抵抗するクロタン。

数日して廊下に出てくると
ピンポン玉をスカしてしまうほど
運動神経が鈍くなっていた・・。


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「地球語ライブラリィ13」Amazon取り扱い開始~♪

そうなんんですか。
読書に夢中になっていたら、
もうこんな日になっていたのですか。
知りませんでした。

https://www.amazon.co.jp/地球語ライブラリィ-13-露猫-綾乃/dp/4904448588/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1514138666&sr=8-2&keywords=露猫綾乃

今回は主に酸性深成岩を扱っています。

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なるほどねえ・・

薬の副作用で死んでいた10年間
介護で死んでいた7年間を含めても
私が選んできた人生は、
彼らとは違うものだという感じが
しなくもないけどなあ・・。

もちろん、問題は問題として、
受け止めるけれども
今やるべきことを
やるしかないと思うけどなあ・・・。


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などと仰るようになる。

義母は、いろいろと辛いことが
重なってきた人なので、
ちょっともう修復する手立てがなく、
しばしば

「私のタオルが返ってきてない。」
「財布がない。取ったでしょう。」

などと言う。

私は、基本的に
義母の部屋には入らないし
何も手に触れないようにしているので

「そうですか。
どこかに落ちているのかもしれません。
きちんとやっているつもりなのですが、
選択する人と干す人と取り込む人と
仕分けをする人が違うので、
どこかに紛れているかもしれません。」

などと言っておけば、
次の日くらいには
「私が別の袋に入れていた。」
などと仰るようになる。

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強いショックが重なって

最近の動向についていこうとすると
頭がうわんうわんするようになってきたので、
また病院に行こうと思ったら
自転車の後輪がパンクしていた。
(こんな話題で始める私もどうかと思うが、
常連さんにはおなじみの現象である。)

一度空気を入れてみたが、
やはりダメなようなので、
そのまま運転して、
駅前の階段を上り
郵便物を出し
病院に行ったら、
先生に大笑いさせて頂き、
さすがプロだな、と思った。

帰りに自転車屋に寄って
パンクの修理をお願いし、
歩いて帰ってきた。

最近は自転車の事故も多いようで
ラジオがマナー教室みたいに
なっていてびっくりした。

小さい頃に教える人がいないから、
身体が大きくなって
常識をやり直さなければ
ならない時代なのだろうな、と感じる。


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家人の言葉はまったき

この地方の方言なので、
私の中では自動変換されてしまうのだが、
こないだまた変わった言葉を聞いた。

「ずくな(調子にのるな)」

という言葉である。

私に向かって言われた言葉ではなく、
テレビのニュースでも見ていたのだろう。

聞く人によっては
ものすごくキツイ言葉に
聞こえる言葉だ。

こないだ祖母が
お出でになった時は
延々と人が亡くなった
話ばかりしていた。
相槌を打とうにも、
止まる気配がない。

固有名詞がわからないので、
ただ聞いているだけなのだが、
そんなことばかり覚えていたら
頭が疲れるだろう。

一億総活用とか言ってるが、
主婦はお金をもらってなくても
働いてるし、お金を稼ぐだけが
人生でもない。

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ふっわふわのタオルがそんなに良いか?

家人が勝手にやっていることなので、
説明してもどうにもならないのだが、
私はほのかな香りにも非常に敏感なので、
最近の柔軟剤で洗濯物を洗われると
気分が悪くなる。

ここ数日変な香りがすると思っていたら、
どうやら家人が選択時に
柔軟剤を使っていたようで
体中から不愉快な香りがして
どうにもならない。
昨夜はとうとう眠ることもできず、
全ての洗濯物を洗いなおした。

環境庁の方も、
あまり重大視していないようなので
解決はまだまだ先だろうが、
これは、工場排水が汚染されていた
事例などの繰り返しだ。

柔軟剤など、なくてもタオルは使えるし
使った分、下水の水は汚れている。
そういうことをできるだけ少なくしよう
というのが、環境に対する配慮だったはずだが
自然の香りを消すことの方が
優先になってしまったか?と思う。

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