たべもの

アケビフィーバー

このところは、食後のデザートにアケビを食べている。結構食べ応えのあるヤツで、それも、嫌というほど大量に実る。種が多いので、実をより分けて食べるのが難しい。

アケビは植えてから肥料をやりながら、7年ほど待たないと、実をつけない蔓系の植物だそうだ。私はそれより何より、そこまでしてアケビを食べたいという、家人の欲望に恐れ入った。

家人が親戚の家に行ったら、「ポポ」という名前の果物を持ち帰った。マンゴーのような大きさ、形の果物らしい。私にも食べろと進めるのだが、マンゴーとパイナップルとバナナとアボガドを混ぜたような不思議な触感の果肉で、とても食べられない。昔からこの地域に生えていたものだというが・・。

「私はいらないから、食べていいよ。」
「えっ!こんなに美味しいのに、いらんのんか。」
「私は、これを食べるなら餓死する方を選ぶよ。貴方たちは戦争になっても、南国に行っても生き残れるよ。」

と言って、断った。


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今年は栗が不作だというが、

我が家の知り合いには農家が多く、
また蛾の被害にもあっていないというので、
美味しい栗を賞味させていただいている。

その中に、いくつか内部が茶色に変色した栗があった。

「これは、腐っとるのか。」
「腐っているのではない。」
「じゃあ、すえっとるんか。」 
「すえってない。栗を頂いたときに、濡れている部分があったので、
それが、実の中に染みたものがいくつかあるんだろう。」
「じゃあ、腐っとるのか。」
「腐っているのではない。」
「やっぱり、すえっとるんか。」 
「・・・・・。」

「すえっている」というのは、この地方の方言だと思うが、
腐っているも、すえっているも、ほとんど同じ意味なので、
どういう会話なのか意味不明で面白く、
「お前は研究者か!」とつっこみながら、つい笑ってしまった。

研究者にしてはツメが甘すぎるけどな・・。
もっと他に追及するところがあると思うけど・・。

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調味料を買ってきて、補充していると

古い油の入った入れ物がたくさん溜まっているのが気になっていた。

調理は家人に任せているので、いつか使うか、捨てるのだろうと思っていたが、いつまでたっても入れ物が増えてゆくばかりである。それで、「あの古い油はどうするのか」と聞いてみると、「最近は古い油を回収しに来る業者がいなくなったので、捨てられずに困っているのだ」という。いつの時代の話なのだろうか。固めるやつとかで捨てるのはだめなのか、というと、「まだ使えるものもある」とおっしゃる。

仕方がないので、昨今は何か良い商品が発売されているに違いないと判断して、探してみると、フィルターで古い油の汚れを取り除いて、ろ過したものを使える油入れが出てきたので、さっそく購入。

家人に使っていただくと、「40年以上前に購入したものより、ずいぶん使いやすい。それに油もきれいになる。」と大変好評であった。そんな訳で、古い油は、適時処理され、調味料の棚が、すこしすっきりしましたとさ。

時代にかなり遅れて生きていると、3500円の油入れでも、幸せが堪能できる、というお話。

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新作の漫画を4ページ下書き中・・。

クロタンとシマジロウは、お互いの姿が見える範囲で、にらみ合い。

タロウとハナは、外で遊ばせてもらい、
車の天井に上がって寝たりしている。
高い座布団だ。

毎日毎日、トマトとキュウリに追いまくられ、うんざり。
どんなに調理法を工夫しても、食べきれる量ではない。
はっきり言って、無理。

遠方まで送るようなものでもないし・・・。
というわけで、近所におすそ分け。

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今日は家人が杏を収穫したら、

種のところまで虫が入っているというので、
きれいなところだけ切り取って、鍋に入れておく。

買い物に行こうとしたら、脱走中の片目のジャックが、
義母の部屋の土間で、「ニャーニャー」鳴いている。

余談であるが、義母は大の猫嫌いなのである。

マダムリリーのようなおとなしい猫がすり寄っても
「シッシッ!あっちへ行け!キャー、イヤー!」などと、
足をバタつかせながら大喜びする人なのである。

さすがの家人も、
「その言葉をお前に返してやりたい。」
と思っていたに違いない。

新聞を見たら
「科学の力で一生痩せる!」
というような広告があって
痩せたいのは、まあいいとしても
痩せて何をするわけ?と
つっこまずにいられない。

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昼ご飯を食べようと思ったら・・

露猫「あ、今日、コロッケやん。」
家人「違うよ、カレーだよ。」
露猫「いや、コロッケだって。」
家人「コロッケじゃないよ。」
露猫「昼飯がカレーなのは、朝からわかってる。徹子の部屋のゲストのことだよ!」
家人「えっ!」

これ、マジボケですからね。
しょーもなさすぎて、漫画にする気も起きないよ。

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食べることについて

最近は、食べ物が余っていることに対して、心を痛めで、「せめて自分だけは」と思って、絶食に近い生活をする人がおられるらしいが、そんなことをやっていると、飢えて食べ物のことしか考えられなくなるからやめた方が良い。

仮に貴方が食べ物を食べなかったからといって、世界で食べ物が生産されなくなるわけではないし、飢えている人に食べ物がゆきわたるわけでもない。また、噛むという動作や、食べ物を味わう、という行為をおろそかにすると、生活感に乏しくなってくるはずだ。歳をとっても残されている、一番基本的なことの一つだからだ。身近にそんな行動を始める人がいたら、できるだけ早いうちに声をかけてあげてほしい。他に削るところはいっぱいあるだろう。たとえば、ぼろ雑巾のような服を着て外を歩いてみると良い。私のように。

私が社会人になった頃も、栄養機能性食品の錠剤だけを食べれば、便が出ることもないし、食事時間が短縮されて、仕事に邁進できる、というようなことを指示されたことがあった。別に、おいしい食事にすごくこだわれ、という訳ではなく、作れる範囲で普通の食事をすればよいと思う。それを続けることが、いわゆる「生きる」ということではないか。

最近の食品を見ていると、確かにおいしくはなっているものの、こだわりすぎで、元がとれているのかなーとか思うものが多々ある(つゆねこ企画の在庫にも心が痛む)。私としては、個別包装に気を使ってもらうより、普通の食べ物(例えばクリームパン)を、いつもの量食べたいだけなのだ。

このところは、店に並べるときに、場所を取りたいこともあって、箱の大きさはそのままで、内容量が減ってきている。どんなに内容量を減らされても、ある程度のカロリーは摂取しないと仕事ができない。余計な包装などはゴミになるし、ちょっと端が欠けていても、気にしない努力(?)が必要になってきたのかもしれない。

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ゴミを捨てようと外に出たら・・・

家人が庭で仰向けに倒れている。
外傷で血が流れている様子はなく、手は口元にあった。

何が起こったんだ?!

露猫はボー然と立ち尽くす。

すでに倒れてから発見までかなり時間が経っているようで、死後硬直が始まっている。
救急車を呼ぶか、葬儀屋にするか、判断を迷っているうちに、時間が経ってゆく・・。

________

家人「●●という植物をもらったんだけど、実がなっているの。食べられるかどうか、調べてみて。」
露猫「それくらい、お安い御用ですよ。」

露猫、パソコンで少し検索し、読みやすそうな記事をプリントアウトする。

露猫「さて、実は食べられるでしょうか、食べられないでしょうか。どう思いますか?」
家人「食べられる!」
露猫「猛毒です。」
家人「えーーーー!さっき、一粒食べてみようと思っていたところで・・・。」
露猫「それ、赤くて透明な実なの?ビービみたいに。」
家人「うん。すっごくおいしそうなんだよ。」
露猫「どんな実なのか見せてみ。あー、これは確かにおいしそうやね。」
家人「でしょう?」
露猫「食べる前に調べて良かったね。」

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買い物に行ったら、

レジがしゃべるようになっていた。価格の読み取りである。使っている人間の方は、逆に不器用になっている気がする。そんなところで、入れ替えをしなくても良いのに、というところで、いちいちてこずっている。動体視力が悪いというか・・・。私が変わってあげたいほどだが、私ももう人生終盤で、何がどうなっても走り切るしかないのだ。家人より動けなくなるしのは早いと思う。えーと、だから何が言いたいかと言うと、しゃべるのも、作業をするうえで、大切な要素だということ。どんなにオートメーション化しても、品物が減っても、レジは混んでいる。

どこかは早くなっているのだろうが・・。

庭では杏が熟れ始めている。家人が砂糖で甘く煮て、食べさせてくれるのだが、そんなに食べてばかりいたら、体が重くなって仕方がない。私の燃費は非常に良いので、ちょっと食べただけで、脂肪に変換される確率が高いのである。家人なんて、しょっちゅう何か食べているが、私のようにはならないらしい。大変残念だが、断るしかない。体質が全然違うので、あわせていると大変なことになる。


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散歩から帰ったら、

タロウ(ヤマモト)とハナが、返ってきていたので、ネコ小屋に入れる。

クロタンとシマジロウが喧嘩をしているのを見て、家人は「仲良くしている」というのだが、なんといっても超後期高齢猫のシマジロウである。私のところにくると、無理をさせられたので後でしんどそうにしている。気の毒だ。

再び牛乳ゼリー作り再開。農家には、野菜が常にたくさんあると思っている人も多いかもしれないが、つゆねこ家くらい小規模な農家の場合、玉ねぎがあるときには玉ねぎしかないし、キュウリがあるときにはキュウリしかない。そのうえ、家人は保存したことも忘れてしまうので、適度に私が出してこないと、食卓は炭水化物過多になりがちで、気が付くと大方は腐り始めている。これは、私が良いことをしているという自慢ではなく、体調不良と貧乏に悩まされるわが身を助けるためにしていることである。実家に帰ると、体調ばかりか精神状態もボロボロになる。それでも、一人でいるよりはマシなので仕方がない。


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