おんがく

昨日は小沢健二の新曲が

無性に聞きたくなり、CD屋へ。

関東ではコーナーが作ってあるほどの盛況ぶりであるが、我が田舎では一向にその気配が見えない・・・・と、思ったら、新作棚の一番下に、それも見本が置いてあるだけだった。見本が置いてあるのだから、それほど売れているのかと思い、レジに向かうが、なかなか商品が出てこない。在庫はあるのだが、いくら引き出しの中を見渡しても見つからない・・・・。

「無ければ良いですよ。他のところで買いますから。」と言ったとたん、ちょっと大きめの紙ジャケット(でもレコードよりは小さい)が、見つかり、「ありました!」。

なるほどね。紙ジャケットでは、立てて置いたらわからないだろう。

環境に配慮した、非常にプラスチック部分の少ない製品で、ご機嫌に聞いている。

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「オザケン」と言えば、

私たちの世代では大変なブームであったので、
19年ぶりの活動再開を素直に楽しんでいる。
・・・が、幸せな人生だね。

でも、こんな話を家人にすると
「小沢昭一」氏の話になってしまう。

独立医は、患者をぞんざいな扱いにしていると
商売ができなくなるため
かなり改善されてきているみたいだが
石の世界はまだまだだな
・・という感じがする。

直接命に関わりがある訳ではないから
マニアックなままだし
手を差し伸べても差し伸べても
こぼれていってしまう。

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熊本と言えば・・

以前つくばに住んでおられ、大変お世話になった、Yさんはお元気だろうかと思う。おそらく、私の気がいたらないせいで、疎遠になってしまったが、またお話とか聞かせて欲しいなあ・・。

せっかくきれいにして頂いた患部のガーゼを、義母が不注意で剥がしてしまい、ふたたび家人が病院に駆られてご立腹。あまりの酷さに、私はもうコメントのしようがない。そんなに介護ばかりしていたら、死んでしまうぞ。少しは放っておけ、と言っているのだが・・。貴方がする必要、ないんだから・・。

家人に「アース・ウィンド・ザ・ファイア」のことを話していたら、「地球と窓・・・?」というコメントを頂いた。あまりの話の通じなさに言葉出ず。というか、家人に洋楽の話をした私が悪かった。ものすごく詳しい話をされても困るけど・・・。ふぶきさん、帰ってこないかな。

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やっぱり石ではない・・・。

どうしても聞きたくなって、スライ・アンド・ザ・ファミリィ・ストーンのアルバムを再度入手。当時は、今よりももっとお金がなくて、MD(今は化石)で川原の道沿いを歩きながら聞いていた。スライのアルバムなんて、田舎ではなかなか手に入りにくかったし、そういう情報を知っている友達との縁もなかったのだ。

スライの音楽には、当時私が聞いていた音楽からすると余りにも色々な驚きがあり、しばらく離れていたが、再びアルバムで聞いてみても、どうしてこんなに不思議に楽しくなるくらいノリが良いのかわからない。その後に続いたアーティストでは、何かが軽すぎる。

しかし、人種差別も性差別も、学歴格差もまだまだ残っている。むしろ解決とは程遠くなっている、ような気さえする。いくら前を向いて歩けと言ったって、そうできない時がある。

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つゆねこラジオ終わる

一代イベントである。家人にカセットテープとラジカセを借りて、録音した。一緒に聞く予定だった家人が来ないなあと思っていたら、時間を勘違いしていた。いろいろな機会を頂いてありがたい。

ミスチル(チルチルミチルとは全く関係ない)のかなり前のアルバムで、「フュージョンが嫌だ、嫌だ・・」という歌詞があるのだが、遡ってみるとStaffというバンドに、リチャード・ティーやスティーブ・ガットなどが加わったバンドがあることが判明。Staffはフュージョンの枠に入れられているが、そんなに悪くない。このようなことは、20年前は田舎では情報を得るのも大変だった。入手しようと思っても、どんなアルバムがあるのかさえわからなかったし、もちろん近所の流行CD屋さんが知っているはずもない。知人には洋楽を聞く人間が全くいなかったし、ネットのコミュニティに入ったら、なんだか難しいことを言われて怖いので逃げ帰った。

そういう意味では、都会に住んでいたふぶきさんは地の利を得ていて、いろんな洋楽を聞いていた。むしろ楽しいものがありすぎて、買い切れなかったことだろう。ネットのおかげで、田舎にいてもいろんな人の音楽にまつわるいろいろな思い出が聞ける。聞かないように気をつけていても聞ける。ぜひリチャード・ティーのオリジナルアルバムも復活させてほしい。

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くるりの上海蟹を・・

歌っていたところ、家人からまたも「越前蟹やタラバ蟹ではだめなのか」という、余計な突っ込みが入る。別に、越前蟹やタラバ蟹でダメなことはなかろうが、おしゃれなラップではなく、演歌になってしまうことは避けられないと思う。

演歌と言えば、日曜日になると、家人は「歌合戦」を見ているので、つい聞いてしまうが、懐かしい歌を大切に覚えてくれている人がいるのだなあ、と感心する。ふぶきさんは、そんな暇もないくらい働いていたので、歌合戦にかぎらず、笑点、ならびに、よしもと新喜劇までも見ていることに驚愕していた。けれど、この三つを観ているのは、田舎の人間としては一般的である。関東の人が、考えられないほど働きすぎなのだ。

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昨日で夏のクラシック特集は終わり。

聞きたい作曲家がまた増えた。解説している指揮者は青島先生ではなく、京都交響楽団の広上 淳一先生であった。家人から「名前が全然合ってないし、声も全然違うでしょ」とのご指摘をうける。あまり知能が高くないので・・。くるりの交響曲はそのうちCDになることを期待。元AKBの女の子の切り返しも素晴らしかった。かなり音楽の知識がないと、ああいう相槌が打てないな、と思った。少なくとも、私にはわからない単語が沢山あった。「夏の夜のながらクラシック」は去年も放送されたが、また来年もぜひやってほしい。

トマトを湯剥きしながら、ブルーベリーのジャムを作り、メロンと梨の皮を剥いて食べられるようにしておく。気温が高いので、外に長く置いておくわけにもゆかず、食べ物に追いまくられている感じ。^^;仕事もしていないのに、大量の野菜の下準備で手が痛くなる。皮は畑に投げておけば、腐ってそのうち肥料になる。外で働いた方が良いのでは?という疑問は常に胸にある。

昨日は地方のミニコミ誌の取材を受けるも、まだ図書館の展示を見に行っていなかったので、あわてて見に行ってきた。なんだか、自分の部屋が外にもできてしまったような、不思議な感じがする。多少は皆様によろこんで頂ければよいのだが。展示にはいろいろな工夫がしてあって、いつも一人で仕事をしている私には、新鮮である。明日は読書会なので、許可を取って写真を撮らせてもらおうと思う。

「地球語ライブラリィ10」のAmazon予約は、登録で一部ミスがあり、再登録して頂くことになった。また、公開されたらご報告する。

ちなみに、つゆねこ企画の本は、自費で出版してはいるが、ISBNとバーコードをつけてもらっている時点で、一応商業誌である。だから、一般の同人誌即売会では販売できないようになっている。ミネマはコミケではないし、書店扱いというのは大丈夫なので、時々バーコードのミスがあったりして、指摘を受けて直したりすることもある。そのために、余分にお金を払って、手続きもしてもらって同じ土俵にあげてもらっているのである。私のポリシーに近いものとしては、ベートーベンの活動などがあげられ、とにかく「あれこれいろいろな制約を受けたくない。自由なペースで作りたい。」ということである。そのために、旅行とか、交際費とか、生活費は極限にまで削っている。電車は一年に1度乗るか乗らないかだし、化粧もしないし、アクセサリなんかも持たないし、外食もしないし、およそ普通の人間が求める経験をほとんど持っていない。商業誌に載る努力をしなかったわけではないが、はっきり言って必要とされなかった。自分はやりたくないことは絶対にできない性格だということがわかってからは、それに従うために、事前策をとった結果、このようなスタイルになってしまったのである。

これについては、以前「どうして貴方は、個展を開いたりせず、有名になろうともせず、そんなに平然としていられるのか」という質問を受けたことがあり、「書きたいものがあれば、書けば良いだけで、人に認められるかどうかは別の問題である。個展なんかしたって、手間がかかるだけで、有名人以外は誰も見ていない。それよりも、今書けるものを書き残してゆくことが必要だ。」と答えたことがある。平然としているように見えているのかもしれないが、私自身としてはそんな瞬間は一つもない。描けない時は、他の策を練っているだけである。

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現在、地元の地方新聞では

田部井淳子先生をモデルにした小説が連載されている。田部井先生のエッセイは読んだことがあるので、大体は知っているのだが、それにしても頑張り屋さんである。

昨日はラジオをつけていたら、ビートルズ特集であった。私はビートルズは得意ではないので、消して本でも読もうかと思っていたが、解説に小林克也氏とモト冬樹さんが呼ばれていたので、つい聞いてしまった。小林克也氏に洋楽の解説をさせたら、やっぱり、ものすごい。これが聞けただけでも、良かったと思う。小林克也氏はふぶきさんも大好きだった人なので、一緒に聞けたらもっと良かったが。前日のクラシック特集は、ダメだったな。いくらクラシックを楽しく、といってもあそこまで下品にしてしまったらいけない。AKBの女の子がかわいそうだった。今度の、音楽好きの指揮者のおいさんとのコンビを楽しみによう。

ついでに長野県からのアクセスが増えたので、サイトウキネンオーケストラのことも書いておこう。世界の小沢征爾先生(・・って、私は最近までまともに聞いたことがなかったのだが)の自伝を読み、なかなか大変な人生を送っておられることを知って、DVDを見てみたらよかった。最後はヴァイオリンの弓の弦が切れても一生懸命弾いておられる方がいたりして、必死な様子も伝わってきた。必死であれば良いという訳では決してないけれど。でも、とにかくサイトウキネンオーケストラの音源は見つけたら聞いておこう、と思っている。

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グルダって誰?

家人に言われた言葉である。うーん。確かに知っている人の方が少ないと思うが・・。テレビしかみない家人に言ってもなあ。私もラジオで初めて聞いたし。詳しくは以下をどうぞ。

「グルダの真実」 フリードリヒ・グルダ 洋泉社

ベートーベンは第九から聞くと嫌になってしまう代物だが、もともとは、ラジオで元AKBだった女の子がバリバリにベートーベンのピアノソナタを弾いていたのがきっかけで、慣れないベートーベンを聴き比べていたところ、ドイツ式とそれ以外のものとでかなりの差があることがわかった。元AKBの方(すみません、名前わからなくて・・)が弾いていたのは、明らかにドイツ式だった。リズムがきちっとしていて、全体のネジが締められている。それで、ベートーベンをまとめて弾ける人を探していたら、ほとんどFriedrich Gulda しかいなかったのである。しかもクラシック畑に育った彼が、晩期にはジャズの世界に魅了され、ハービーハンコックなどと共演するようになる。さらに素晴らしいのは、クラシックでもジャズでもない、オリジナルの分類不明の曲でCDを出してしまっているところである。私の本が売れなくて、お金がないので、そこまで追求できてないないが、それもいつか聞いてみたいと思っている。
 

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小学四年生の石好き少年の

好きな音楽を教えてもらったところ、「明和電気」ということで、この間もコンサートに行ってきたばかりだという。なにを隠そう、明和電機は、私が短大にいた頃、学園祭のステージに来てくれたアーティストなのである。音合わせの時に、ポコポコやっているのを少し見たことがある。
その頃、ちょうど生徒会のメンバにも誘われたが、飲み会で酔い潰れている人間ばかりで、何の議論もされていなかったので、あきれてすぐに帰ってしまった。
まあ、そんなことはどうでも良いとして、私を誘った生徒会の彼女が奮闘して呼んでくれた「明和電気」が、20年の時を超えて石好き少年とつながるとは、人生侮れない。明和電気の活動は、色々と雑誌にも紹介されているので、もちろん部分的には知っているし、いくつかのCDも持っていたが、20年経っても社長の姿はお変わりなく、サバオ君の方が変化が大きいというのは、なかなか面白い現実である。

印刷所のお兄さんからは、追加でリー・リトナーを教えて頂いた。アルバムが沢山あるので、まだ全体像がつかめていないが、私の大好きなファンク系の曲もあるので、聞きごたえがある。ある楽器店で、ちょっと大きなヴァイオリンみたいな電気ギター(あれは何というんだったっけな・・)が欲しかったが、かなり良いお値段だったことを覚えている。私の短い指では、ガットさえも握れないし、弦が全部押さえられないだろう。楽器系はやることが多すぎるし、お金がかかりすぎる。CDだって高すぎて、なかなか満足するような作品には大人になるまで出会えなかった。

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